ディエゴ・シン

個展「Table for one.」

installation view from “Table for One.” Tomio Koyama Gallery, Tokyo, 2011 ©Diego Singh photo by Kei Okano

<展覧会について>
今回の個展について、ディエゴ・シンは以下のテキストを寄せています。

 レストラン、映画、ジムへひとりで行く。それは恥ずかしいことではない。でもひとりで外食をする時、携帯電話をオンにして、誰かと話しているふりをしてしまう。どのようにして?
例えばあなたがいつものレストランにいるとする。店の人はあなたを知っているから、一連の動きはそれらしくなければならない。電話のボタンを押し、スクリーンにライトがついたら(レストランにいる人々が見ることができて、本当に誰かと話していると思い込めるように)、自分の番号をダイアルする。
自分で設定したボイスメールの普通の挨拶が聞こえたら、メッセージを残し、おしゃべりをする。たくさん。録音時間が途中で切れても気にすることはない。もう一度ダイアルすれば恥をかかずにすむ。無料のクッキー、あるいは彼があなたを励ますことができると思う何かを差し出すウェイターの、哀れみの視線を避けることができる。あなたはひとりだが、誰も気に留めやしない。またあるいは変な人と思われるかもしれない。
ペインティングはいま、この状況に耐えている。自分の領域だけで食事をし、友人もなく自問自答する。ペインティングはこれまでになく、パフォーマンス、ビデオ、写真、演劇、その他何とでも対話しようと努力している。それはアート界からの要求がはっきりしているから。オープンになって関わるべきだ。モノローグをやめてダイヤルを回すべきだ、と。
その結果、会話は極端な方にいってしまう。あなた、あるいはペインティングは電話でこう話す。「友達が好きになれないんだ。」「なんかこう、彼らは仕事場の人で、僕たちの仕事は有名になることっていう感じで」「たぶんそろそろ休みをとる時なんじゃない?」「うん、そうだね。もちろん・・・本当?」「何が問題?」(相手側は沈黙・・・)そして「朝食には脳腫瘍を食べたの?(注) OK、また後で」。
だからといって、ボートは沈みつつあり電話は水に濡れ、全ては消え去っていっているかというと、そうではない。実際は、レストランは混み過ぎていて、料理は多すぎ、そしていまイメージの量は膨大だ。皮肉を言っているのではない。それは過度の氾濫のために吹き飛んでしまったから。私はここで疲労と孤独、そして次へと進むことについて話している。また電話で自分自身と話す時の会話のスタイルについて。
これは不安なんだろうか? いや、そうは思わない。それはゴールを持ち、何が欲しいかを知っているということだ。孤独であることの中に何の詩情もないことを知りすぎている。また孤独は何としてでも守られなければならない。たとえそうすることであなたの行動が日和見主義で、容赦がなく、わがままで無神経にみえるとしても。このプレスリリースは適合したいという欲求と、そのための共有されすぎている戦略について書かれている。

 さて、他者に関わろうという努力からくる疲労のあと、ペインターにとっては2つの明らかな選択肢がある。
 1: 自分自身の制作をたたえ、保存しつつ、コンセンサスを探し、オープンになりながら、他の人と食事を共にする。
 2: 素晴らしくひとりになり、それを固持する。こちらを選んだ場合のアドバイス:「へえ」や「オーマイゴッド」をうまく利用する。プレスリリースを書いて2つのことを同時に行う。その2つとは、これはスタイル、期待、ウェイターの目や、彼のクッキーからの自由を得るための努力であることを明らかにしながら、疲労と愛を説明すること(どちらにせよ、ウェイターに感謝しすぎてはいけない。彼は次回の多めのチップをあてにしているのだから。)

 親友とのすてきなおしゃべりの後、自分の肌着、裸足、変な髪型と一緒に孤独を楽しめると知りながら、レストランを後にして家に帰る。より重要なことに、自分の番号に電話するというほんの少しの努力で、自分の描きたいペインティングを描くこと、そして完全なる超然と自閉を、より長い間手に入れることができると知りながら。自分のベッドでお祭り騒ぎをし、自分の歌に踊り、自分のネオン、ナポレオン、妖精の耳をしたリアム・ギャラガー、スマーフ、染みのついたデニムについて長々と論じる。自分の不一貫性、矛盾、妄想、スタイルの無さ、思いやりの無さ、現実感の無さなどを励まして、自分がもっている全ての資源を強くする。それらを感じる。一回の個展、あるいはレストランでのひとときにつき2時間以上、他人の邪魔をする必要は決してないのだ。

2011年9月9日 マイアミにて ディエゴ・シン

(注):映画「ヘザー」(ダニエル・ウォーターズ作、1988年)、ヘザーとヘザーの会話からの抜粋。

 

作家プロフィール

ディエゴ・シン

ディエゴ・シンはアルゼンチン生まれ。ケネディー大学で社会コミュニケーション学を学んだ後、同大学院美術科を修了。2003年から04年にかけて、マイアミのMiami Light Projectにてキュレーターとして活動し、Visual Arts Programをディレクションしました。現在マイアミを拠点に制作、またマイアミとブエノスアイレスに拠点をもつキュレーション・プロジェクトである「Central Fine」を立ち上げました。小山登美夫ギャラリーでは3度の個展を行っています。

主な展覧会として、「Table for One」(2011年、小山登美夫ギャラリー、東京)、「Unimodern Gondolieri」(2012年、Various Small Fires、ロサンゼルス)、「Embarrassed by Loneliness」(2012年、Mendes Wood、サンパウロ)、「Submarine Uploading」(2012年、Annarumma Gallery、ナポリ)、「Le Ragioni della Pittura」(2013年、La Fondazzione Malvina Menegaz、イタリア)、「Recent Acquisitions」(2014年、ペレス・アート・ミュージアム・マイアミ)、「Prospect」(2014年、サンディエゴ現代美術館)、「Locally Sourced」(2015年、アメリカン大学美術館、ワシントンD.C.)などがあり、シンの作品はサンディエゴ現代美術館、ペレス・アート・ミュージアム・マイアミ、 the De La Cruz Collection(マイアミ)などのパブリックコレクションとして収蔵されています。

ディエゴの作品はキュレーターのドミニク・モロンによって以下のように評されています。「自画像としても機能している想像的別世界を作り出し、芸術の伝統が持つ可能性をラディカルに押し広げつつあるー作品は鑑賞者を作家の自己神話的な策略へと誘い込み、現実に構築されたセルフアイデンティティーと、架空の魔法とを隔てる境界はこの上なくアンヴィバレントである。」

アルゼンチン生まれ
1999年 BA, Comunicaciones Sociales, Unversidad Kennedy、アルゼンチン
2000年 MA, Direccion de Arte Asociacion Argentina de Agencias de Publicidad (AAAP)、ブエノスアイレス、アルゼンチン
Art History Kennedy Universy、アルゼンチン