増井淑乃

個展

installation view at Tomio Koyama Gallery, Tokyo, 2006

<作品紹介>
増井淑乃のドローイングは、水彩絵具で描かれた、非常に繊細な細密画です。多くのイメージは神秘的な森の中の心象風景で、木々の間に馬や猫などの動物が隠れるように描き込まれています。森の造形は、無数のドットと短い曲線の連なりから成っており、鮮やかな配色のそれらがオブセッショナルに画面全体を埋め尽くしています。
大胆な構図は、最初に薄く溶いた絵具を流し、その形に沿って点を打ち、或いは微調整を行うオートマティズムの手法によるものです。ダイナミックな曲線の流れに配された、小さな相似形の組みあわせは、ジャワ更紗やインドのペーズリー柄などの南洋のテキスタイルに見られる模様にも似ていますが、何かしらの精神的な歪みを投影しているようにも思えます。
木立の間に沈みこむように身を隠しながら、静かにこちらへ視線を投げかけている動物たちは、「犬やら猫やらを兄弟代わり親代わりにしており、何時間も後ろをついてまわっていた」という作家の、子供の頃の原風景から来ているのかもしれません。

「模様のイメージは高校の頃、突然出てきました。受験のための油絵の、余白部分を模様で埋め始めて止まらなくなった。その後何年かで、もともとの画風を侵食していく形で今に落ち着きました。子供の頃から現実感が希薄でした。周囲が自分とは別のところにあるような感覚にしばしば襲われたので、模様を繰り返すことによって自分なりに世界を把握しようとしているのだと思います。」(作家談)

 

作家プロフィール

増井淑乃

1976年静岡県焼津市生まれ。静岡県立清水南高校芸術科に進学後、学問としての芸術に関心を持ち、多摩美術大学美術学部芸術学科で東洋美術を研究。1999年卒業後、再度制作を開始。現在東京を拠点に活動を行っています。
増井の作品は繊細で細密な水彩画です。紙に水彩で下地を塗り、時間をおいてから何度も重ねて描かれる画面には、滲みによってできる偶然の効果と意図的で入念な描線によって独特のテクスチュアがつくりだされます。そこに描かれている、猫や馬、鳥などの動物たちは、幼い頃の色や匂いの記憶と共に彼女が身近な存 在として観察してきたものです。これらの動物たちは、増井の作品のなかでは背景と有機的に統一し、まるで神話のなかの動物のような象徴的な存在として描かれています。
また、生まれた土地との結びつきが断たれた経験により、しばしば浮遊感におそわれるという増井は、描く ことでもう一度土地と繋がろうとしているのではと語ります。「誰にでもわかるものを描きたい」という彼女 の美しく鮮やかな作品は、ダイレクトに観る者の心をとらえ、どこかで見、感じたことがあるような記憶の中の風景や感覚を思い起こさせるでしょう。

増井の作品は、芥川賞作家である磯崎憲一郎のデビュー作『肝心の子供』(第44回文藝賞受賞 / 2007年、河出書房新社主催)の装画となった他、世界中のキュレーター、批評家などよって推薦された 1975年以降生まれの作家を紹介した書籍「Younger Than Jesus: the Artist Directory」(Phaidon/The New Museum 出版、2009年)に、森美術館チーフ・キュレーター片岡真実氏により選出、掲載されています。小山登美夫ギャラリーでは2006年、2008年、2011年、2013年と4度の個展を行っており、2016年1月には、静岡の駿府博物館にて個展を開催しました。

1976年 静岡県焼津市生まれ
1999年 多摩美術大学美術学部芸術学科卒業